HOYA株式会社を含むほとんどの上場企業は、株主総会での取締役選任における累積投票制度の採用を、定款で排除しています。以下に、私が累積投票を推奨する理由を述べておきます。
(累積投票:推奨する理由:HOYA株式会社の株主様へ)
現在の日本社会の問題の一つが、企業統治の不在による、上場企業の経営における非効率性の放置である。上場企業は、私企業とはいえど、日本の個人が直接・間接に便益を受けるはずの年金基金の運用対象であるので、極めて公共性が高い。経営者は株主の代理人として、配当やキャピタルゲインを増加させることにより株主利益を最大化するよう経営を行うことが望ましく、それを監視するのが取締役会の本来与えられた使命である。ところが、当社を含めたほとんどの日本の上場企業では、そういったメカニズムが、諸外国の資本市場と比較しても、ほとんど働いていない。この現実に非常に憂慮している。
メガネレンズの分野で国内の優位な地位を確立していた当社は、70年代から80年代にかけて、獲得したガラス研磨技術をプラット・フォームの技術として、無機材料科学の分野において、主に半導体産業や液晶の分野を応用とした製品開発に成功し、その結果として90年代に株価が年率15%程度に増加し、10年間で約4倍程度に上昇した。90年代以降成長をけん引したガラス磁気ディスク基板、マスクブランクス、フォトマスクなどの商品はいずれも80年代までに基本的な開発が終了していた商品である。
他方、当社の過去10年間の株価をみると、ここ十年間でほとんど株主価値が創出されていない。実際2000年代冒頭は一見利益ベースでの成長が起きていたが、それは以前の技術・製品開発の成果がそのまま伸びていたわけであり、こういった業績は当社代表執行役CEO鈴木洋氏ら現経営陣に帰するのではなく、それ以前の世代の経営陣の力によるものであると評価することができる。
それではなぜここ10年間、企業価値が創出されなかったのだろうか。
この点、第一にペンタックスの買収が与えたネガティブな影響が挙げられる。すなわち、2006年12月時点の合併会見時でさえ、カメラの市場においてヒット商品が出ていたためにペンタックス社は一時的に黒字になっていただけである。材料科学と異なり、カメラの商品サイクルが2年程度であること等、事業の基礎的な条件だけを見れば、優良な買収対象だと言えない同社を考えられないような高値掴みをしたことが挙げられる。ロイターのインタビューにおいて、3年前に「2011年3月にのれん代を除く営業利益率を18%にすることを目指す」と、鈴木洋氏は発言している。しかしながら、現時点においてこれが実現する可能性はほぼ皆無といって等しい。すでに赤字に転落し、現在の状態は損益分岐点をようやく達成可能かどうかという水準である。買収コストの約1500億円があれば、現在何%の自社株を消却できたであろうか。投資銀行およびやプライベート・エクイティーの実務の観点からは、今回のようないわゆる「高値掴み」は、最大の失敗と解される事例である。残念ながら、本買収については、投資資銀行のアナリストのレベルでも適切な判断が可能といわざるを得ない。結果、現経営陣の能力は、その水準の認識力もないことを意味している。従って、ペンタックス買収は、企業価値の数十パーセントを喪失させた買収であると評価できる。
第二に、ベンチャー企業の投資に悲惨な結果を、「実績」として残していることが挙げられる。公開情報をもとに例を挙げると、2008年(平成20年)に投資対象であるXponent Photonics社やQstream Networks社の実質的な破産が会社から公表されているが、これが当社経営陣の手によるベンチャー投資の実態を示している。例えば2006年(平成18年)にXponent Photonics社への投資と代理店締結時に、「「GE-PON」用光トランシーバーの初年度の売上を6億円と見込んでおります」と発表しているが、なんら成果は上がっていない。これらは株主に損害を与えた投資活動の公開されているほんの一部である。なおRadiant Images社という2004年に連結対象になった投資先についても、ほぼ同様の結果となっている。なお、現社長である鈴木洋氏が米国駐在時に主導した投資は、すべて破産しているのが実態である。以上のような結果になっている理由は、優良案件を掴むための人脈や情報源を保有しておらずそのための努力も全く行っていないこと、投資を行った後は放置したままであり少なくとも四半期おきに投資先の技術開発の動向や代替技術の動向がどうなっているか、買収提案をするべきかどうかなどの精査な分析を一切行っていないこと等が挙げられる。なお、提案者は、こうした問題があることを3年以上前から現経営陣に伝えているが改善に取り組んだ形跡は全く見られないのが実情である。
第三に、社内のR&D(研究開発)の結果が、ここ10年に見るべき実績が全くないことが挙げられる。当前のことであるが、当社は2007年度まで経常利益で約1000億円の利益を出しており、更に成長率を底上げするためには、少なくとも100億円以上の利益を上げられる事業を経済合理的な形で創出する必要がある。ところが株主向け資料に記載されているプロジェクトの中に、一つでも5年から7年以内に100億円以上の営業利益が創出されるようなものが含まれているであろうか。答えは否である。例えば2002年(平成14年)5月発表の、SiC其板の開発、製造子会社のHAST(HOYA Advanced Semiconductor Technology)という会社でも、2007年(平成19年)での上場を目指すと公表されている。すなわち、「設備投資金額は2004年度までに合計で26億円。設備投資の内訳は以下の通り。2002年度が工場の基礎工事費、装置などに7億2000万円。2003年度は結晶成長装置の増設、デバイスの試作装置などに7億6000万円。2004年度は量産設備に11億3000万円。設立5年後には、売上高40億円と株式上場を計画している」とある。しかし、8年たっても株主利益に貢献するような成果が何もないことは、利益に貢献するような事業の創出が行われていないことからも明らかである。これはあくまで一例である。丹治宏彰氏が最高技術責任者として不適格であることは、現場の従業員は認識していた事実であった。従って、丹治宏彰氏に支払われていた報酬自体が株主利益に反するものであり、取締役が株主の利益に立って報酬の決定を行ってこなかったことも明らかである。
基本的に2000年以降に株主価値の増加や、株価の上昇が見られなかった最大の理由は、以上のような状況を当社の執行役を中心とする経営陣が放置していたにもかかわらず、社外取締役を多数とする取締役会がその状況を容認、放置していたことにある。しかし、その状況はいまだに継続している。例えば提案者は昨年度冒頭に、株主提案書の提出により、丹治宏彰氏(当時最高技術責任者)の取締役からの解任を要求、結果として経営陣は丹治宏彰氏を取締役からは自主的に退任させたが、2009年6月の株主総会後の取締役会において、依然として執行役(企画担当)として選任された。提案者から判断すると、社外取締役と経営陣はいわゆる「なれ合いの仲良しクラブ」とも言える関係となっていると目さざるを得ず、到底、最適な人材を執行役に選任するという動機や意思を持ち合わせていないと評価せざるを得ない。以前、鈴木哲夫氏は、「役員の任期は1年」と言っていたはずだが、不適切とされた取締役が以前執行役として留まることを容認している「仲良しクラブ化」の取締役会のもとでは、最適な人材を配置することなど適わないと言える。
当社の株主価値が創出されない経営上の問題について説明を試みたが、それではなぜ累積投票を排除する定款規定が、株主利益上望ましいかについて、最後に説明したい。現在の累積投票によらない取締役選出方法だと、株主の間で意見の対立があった場合、51%の賛同を得ればすべての取締役選任議案は承認され、49%の賛同があっても一人の取締役候補者も取締役にすることができない多数決ルールになっている。これは冷静に考えれば、民主主義において極めて不合理である。例えば国政選挙において、50%を超える得票を集めた政党だけが議員を選出でき、49%や8%といった得票であれば一人も議員を選出できないという制度が存在したとして、その制度に賛同する人はあまりいないのではないだろうか。仮に取締役の員数が10人である場合、10%以上を持つ株主が自らの票(1議決権につき10票)を一人の候補者に集中的に投票すれば、確実に一人の候補者が取締役になることが、累積投票が定款で排除されていなければ(本提案が可決された場合、来年以降は)可能である。
多くの個人株主諸氏は、個人株主比率が全体の15%とか20%になっても、なんら経営陣や取締役は自分たちの株主利益ことを省みないではないかと感じることがあるのではないかと思う。ところが、累積投票制度が排除されていなければ、個人株主の票が一人の取締役候補者に15%集中すれば、個人株主代表の取締役を選出することが容易になる。これは従業員持株会が一定以上の株数を持つ場合にもあてはまる。機能する取締役会において重要な要素は、見解の多様性である。実際に提案者や提案者の推薦する候補がすでに取締役になっていれば、彼らはペンタックスの買収などで経営陣の独走を許すことに反対していいたであろうし、その他の問題となる状況も取締役会ですでに検討されていたであろう。
彼らの意見が取締役の中で少数だったとしても、その意見を取締役会議事録に残すことで、過去の経営行動をチェックし、再検証することも容易になり、責任の追及もしやすくなるのである。この側面は、株主利益に大きく貢献する潜在的な可能性を持っており、取締役会に多様な意見を反映させることは、株主利益の実現上極めて重要である。
累積投票制度は、現在の取締役会の構成や運営の欠陥を是正し、少数株主からの代表を取締役会に送り込む可能性を高め、取締役会の多様な意見の確保を行うのに適している制度である。総会屋等が横行した昭和49年の旧商法改正当時とは状況が変わっているため、現況に鑑みると会社法で認められている累積投票制度を定款で排除する理由は特に見当たらない。実際に、コロンビア大学のゴードン教授(*1)や、CFA協会(*2)、米国最大の年金基金であるカルパース(*3)などの権威筋についても、株主が自らの意見を反映させる可能性が高められるとして同制度を推奨している。現在民主党政権下において、公開会社法の制定が進められているが、本来あるべき労働者利益と株主利益を一体化していくことも、累積投票の存在によって、より可能になる。累積投票は株主民主主義を健全に機能させるために非常に有効な方式であるので、同方式を排除する当社の定款規定は排除するべきである。
*1 Geffrey N. Gordon, "Institutions as Relational Investors: A New Look at
Cumulative Voting, 94 Colum. L. Rev. 124-192 (1995).
*2 CFA協会「上場企業のコーポレートガバナンス 投資家のためのマニュアル」p.36-37(2005年)
(http://www.cfaj.org/publications/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%EF%BC%88%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%89%88%EF%BC%89forEthics%20class%20at%20Waseda.pdfを参照)
*3 カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)「説明責任のあるコーポレートガバナンス(企業統治)国際原則」20頁(最終改訂2008年4月21日)
(http://www.calpers-governance.org/docs-sof/marketinitiatives/japanese-global-principles.pdf参照)
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